株式会社ゼロボード CEO室CEO付
芝崎 章(しばさき あきら)氏
脱炭素経営のソリューションを展開するスタートアップ企業に籍を置き、企業や自治体のカーボンニュートラル推進のサポートに携わる芝崎章さん。セミナーでは、脱炭素に関わる国内の動きやScope3の考え方、加速する欧州の開示規制などをテーマにご講義いただきました。インタビューではセミナーを振り返りながら、ご自身がサポートされた企業の事例を交えてお話を伺います。
株式会社ゼロボードは、脱炭素経営のためのソリューションを展開しております。設立から3年半という若い会社ですが、すでに1万社を超える企業が弊社のクラウドサービスを利用していて、温室効果ガス削減対応が急がれていることの表れだと思っております。私自身も温室効果ガス削減に対するご相談を受けておりまして、サプライチェーン排出量を可視化するソフトウェアの提供や専門人材によるコンサルティングなどを通じて、脱炭素経営の入口をご提示させていただいています。そうした活動の一環として、パートナー企業の社内やサプライヤーに向けた勉強会、あるいは自治体が主催するカーボンニュートラルのセミナーなどでお話もさせていただいています。
自社の直接排出と間接排出を計上するScope1、2に対して、企業活動の上流、下流に関わる他社の排出を計上するのがScope3です。Scope3には、原材料、資本財、エネルギー関連、輸送・配送など、15のカテゴリーがありますが、最も削減が難しいとされるのが仕入にあたる原材料の削減です。
例えば、エネルギーを使う量を減らすことはできても、原材料を削って物をつくる、あるいは生産量を減らしてまで脱炭素を進めることはできませんよね。そこで、CO2排出量が高い原材料から、低い原材料に変えることが必要になってくる。つまり、CO2排出量の削減努力をしている企業から仕入れるようにしましょう、という流れになるのです。サプライチェーンのなかで企業が協働し、温室効果ガス削減が進むことを期待して導入されたのがScope3なのです。サプライヤーの立場にある企業としては、脱炭素に取り組むことはビジネスチャンスであり、仕入れ先として選ばれるチャンスでもある、ということです。実際、CO2排出量の開示や製品への表示が進む欧州では、取引先や仕入れ先としてCO2排出量の低い企業や製品を選ぶ流れが始まっています。
サステナビリティや脱炭素の取組について、開示要請から対応の義務化へと移行しつつあり、対応に迫られている日本企業も多くあります。欧州の動きとしては主に3つの状況がありますが、そのひとつCSRD(欧州企業サステナビリティ報告指令)※1は2026年から開示がスタートする予定です。これは、EU域内に現地法人がある大規模企業が対象となっていて、温室効果ガスやESGに関わる情報開示が求められるようになります。2つめの欧州電池規則※2は、バッテリー生産時のCO2排出量を原材料調達から廃棄にいたるまで調べ、第三者保証をとって開示する規則ですが、2025年に始まる予定が遅れているようです。3つめのCBAM(炭素国境調整措置)※3はすでに2023年10月から始まっていて、EU域内への輸入品に対して炭素価格の差額分の支払を課す措置であることから、国境炭素税、越境炭素税などとも呼ばれています。セメントや鉄鋼など、CBAM委員会が指定した品目については、その製品の生産にともなうCO2排出量を申告する必要があります。CBAMの対象は先の2つの制度と違って、大手企業や自動車メーカー、重工業の会社に限られたものではありません。中小企業にも少なからず影響があるので注意が必要です。
※1 CSRD(欧州企業サステナビリティ報告指令) https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en#legislation
※2 欧州電池規則 https://environment.ec.europa.eu/topics/waste-and-recycling/batteries_en
※3 CBAM(炭素国境調整措置) https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en
弊社に問合せがあった実例で申し上げますと、鋸(のこぎり)を作っている会社が鋸とその補修部品を輸出したところ、鋸そのものではなく、鋸の歯と柄を繋ぐ補修パーツのボルトがCBAMの対象となった、ということでした。
つまり、同じボルトでも製品の一部として使用されている場合はよいのですが、補修パーツとして単体で輸出する場合は報告書を提出する義務が発生するということなのです。何を提出するのかというと、例えばこの会社の場合、ボルト生産時のScope1、2にあたるCO2排出量を算出して、1本あたりの数値を出すということでした。日本の商社などが間に入っている場合は丁寧に対応してくれることもあるようですが、この会社の場合はアムステルダムの輸入業者から膨大なExcel書類が送られてきて、記入して提出するよう求められたそうです。このExcel資料は日本語ではないですし、専門用語も多く、読み解くことすらできない状態でした。弊社にはこのようなご相談が多くの企業から寄せられています。こうした事態が起きたときに慌てずに対応できるよう、少しでも早く自社製品に対する排出量算定を行っておくことが大切だと思います。
CFP(カーボンフットプリント)の算定について、最近はニーズが高まっているのです。CFPとは、製品やサービスの原材料の調達から生産、流通、販売、使用、廃棄・リサイクルまでの各過程で排出されたCO2の量を算定することです。なぜCFP算定のニーズが高まっているのかといえば、Scope3で原材料のCO2排出量を知りたいという取引先からの要請や、欧州のCBAMなど国際的な動きへの対応に迫られているからです。また、CFPで算定されるのは製品1個あたりのCO2排出量ですので、情報開示することでCO2削減努力の成果をアピールできるメリットもあります。弊社がCFP算定をした企業の事例ですが、カセットボンベに1本あたりの生産時CO2排出量を表示したところ、大手ホームセンターから20万本の発注が来たそうです。ラベルを変えてプライベートブランド商品として販売するそうで、「CO2排出量を表示できる商品にしたい」ということでした。つまり、CFP算定をしてない企業に排出量表示を依頼するより、すでに表示している企業にオリジナル商品の製造を依頼する方が早い、ということなのです。排出量表示することがビジネスにつながった好例ではないでしょうか。
裏を返せば、何年も後にやっても効果は得られないということです。SDGsを見ればわかりますが、大手企業に限らず、中小企業でも当たり前の時代ですから、いまさらSDGsを謳っても誰も振り向きません。CFPにおいては、表示される排出量が少ないことに優位性があるわけですが、今はまだ表示している製品が少ないため、排出量表示すること自体にも価値があるのです。いずれCFPの表示が当たり前になると、排出量が少なくなければ表示する意味もなくなってしまうでしょう。早く始めることにはもう一つ利点がありまして、CFPで排出量を可視化し始めると「減らしたい」という意識が高まるようで、少しずつ排出量を減らしていく傾向が見られます。たとえば、3年前から始めている企業と今から始める企業では、明らかに排出量の差が出ます。これはCFPに限らず、会社全体の会計情報や仕入情報から算出する組織算定においてもいえることです。
そもそも脱炭素経営はメリットを感じる企業がやること。私はそう考えています。その脱炭素経営に取り組むうえで一番ハードルが高い地域、それが東京なのです。なぜなら、東京は政治、経済、文化の中心地であり、実に多様な価値観があり、ただでさえビジネスチャンスの多い地域だからです。その東京において、あえて脱炭素に取り組むメリットは何になるのか、ご自身で見つけ出すことが大切です。メリットを見つけ、事業戦略になると気づいた企業から脱炭素を始めています。
これまで多くの企業の脱炭素化をサポートしてきましたが、一度始めるとその価値への理解が深まるようで、多くの方が「同業他社よりも一歩先の取組をしていきたい」と仰います。CFPを算出するのに、たいていは半年から1年の時間がかかります。同業者が気づいて始めても、半年から1年は追いつけませんから、早く始めれば時間のアドバンテージを有効に使える、ということなのです。まずは組織算定を有効に使って、低金利の融資など財務メリットの活用から始めるのもよいかもしれません。いずれは設備投資でお金がかかることも想定されますので、助成金や支援制度の窓口へつないでくれるHTT実践推進ナビゲーターなどの活用もおすすめします。脱炭素経営は戦略です。そのことに少しでも早く気づいていただくことを願っています。
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